てぃーだブログ ›  心の声 › 感動話 › 山田太郎

2013年05月22日

山田太郎


《山田太郎》

ある高校の入学式が終わったあとの出来事でした。

1年5組の教室。

神妙な面持ちで待つ新入生の前に、

山嵐のような髪で体格のガッチリした先生が、

名簿を手に現れました。


先生は教壇に立って静かに一礼をすると、こう話し始めました。


「難しい難関を突破し、入学された諸君、おめでとう。

私はこの1年5組を担当する五井です。これから一年間、よろしく!」


穏やかながらも力強い口調。


五井先生はさらに話を続けます。


「早速ですが、名簿順に名前を呼びます。

呼ばれた人は返事をして手を挙げてください。

明日からでも顔を見たら名前で呼びたいからね。

出逢いは名前を憶えることから始まります。

名前で呼んだり呼ばれたりすると、親しみがわいてくるだろう。

それでは、トップバッターの青木くん」


「はい!」

五井先生はそれぞれの生徒に簡単なメッセージを伝えながら、

一人ひとりの名前を呼び上げていきました。


そして、名簿も後半に差し掛かり、

「山田太郎」という生徒の順番が来たときでした。


「太郎!」

今まで苗字で呼んでいたのが、なぜか突然、名前での呼びかけに変わりました。

しかも、「くん」づけなしです。

教室は一瞬ざわめき、誰よりも、当の山田太郎が驚きました。


(なんだ?みんな苗字で呼ばれていたのに、なんで俺だけ呼び捨てなんだ?)


名前を呼び捨てにされ、なんとなく軽蔑されたような面白くない気持ちのまま、

太郎は入学式の日を終えました。

それから、一学期が過ぎ、二学期が過ぎても、五井先生の「太郎呼ばわり」は変わりません。


そして迎えた三学期。

木枯らしが吹く朝、登校してきた太郎にクラスメートが駆け寄ってきました。

「お前、知ってたか?五井先生、入院しているらしいぞ」

「えっ?五井先生が入院? 嘘だろう。信じられないよ。

そういえば去年の終わり、風邪で休んでたけど、あの先生が病気になんかなるわけないじゃないか。

人のことタロー、タローなんて呼び捨てにするから、バチが当たったのかもな」


そんな風にふざけた調子で話しているところへ、

古文担当の正田(まさだ)先生が急ぎ足でやってきました。


「山田君、五井先生から電話でね、

『太郎にすぐ病院に来てほしい』

ということですよ。」


その日の放課後、太郎は病院に向かいました。

病室の番号を確認しながら、長い廊下を歩き、二階の突き当り奥に、五井先生の病室を見つけました。

「五井先生、お待ちかねの太郎が参上しましたよ。待望の太郎ですよ!」

わざとおどけた調子で先生の名前を呼び名がら、ソロリソロリと病室に入っていきました。

白い衝立の向こうを覗いたとき、思わず言葉を失って立ち尽くしてしまいました。

「先生・・・・」

ベッドには、腕に何本もの管をつけた五井先生が横たわっていました。

やつれた顔で苦しそうに息をしているその姿は、まるで別人のようでした。


太郎の存在に気づいた五井先生はわずかに目を開けると、うれしそうに微笑み、

「太郎か・・・・よく来たな・・・・お前にどうしても話しておきたいことが・・・・あって。」


「・・・お前、高校に入った時からずっと、・・・太郎呼ばわりされて・・・・面白くなかったろう。

どうして太郎と呼んだのか・・・その理由をどうしても話しておきたくて・・・。

お前、小学校6年のとき、文集に書いた作文・・・覚えているか」

太郎の顔から、それまでのおどけた表情が消えました。

6年生のときの文集・・・・

そこには太郎が父親のことを書いた作文が載っていました。

太郎の両親は共に言語と聴覚に障害があり、耳が聴こえず、話すこともできませんでした。

そのことで太郎が両親に反抗したことはありませんでした。

ただ一度を除いては・・・・。


ある日の放課後、学芸会の練習をしていたとき、太郎はクラスメートと大喧嘩になりました。

ようやく相手を組み伏せ、馬乗りになってこぶしを振り上げた瞬間、

下敷きになって必死にもがいていた相手がこう叫んだのです。


「やぁい、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、耳聴こえねぇだろ。しゃべれねぇだろ。

この前の運動会の時、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、変な声出して

サルみてぇに手で踊って話してやんの。

おめぇ、一度も名前呼ばれたことねぇだろ。

イヌやネコだって名前呼ばれんのによぉ。

これからもずっとよばれねぇぞ。サマアミロ!」


太郎はハッと息を飲み、拳を振り上げたまま身体が動かなくなってしまいました。

両親に名前を呼んでもらう・・・太郎にとってこれまで考えてもみなかったことでした。


今まで感じたことのない寂しさ、言いようのない切なさに襲われながら、

夕暮れ時のにぎやかな商店街をひたすら走りました。

ボロボロ涙をこぼしながら、無我夢中で家に向かいました。

家で机に向かっていた父は、目を真っ赤にはらし、悔しそうに睨みつけている太郎に気づき、

いつもと違う息子の様子に驚いて立ち上がりました。

太郎は父親にむしゃぶりつき、泣き叫びながら、父に向かって手話を始めました。


「ぼくの 名前 呼んで!

親なら 子どもの 名前を 呼ぶのは 当り前 なんだぞ。

この前 運動会が あったよね。

走っているとき みんな 転んだだろ。

転んだ時 みんなは 父さんや 母さんに 名前を 呼ばれて 応援 されたんだぞ!

ぼくだって 転んだんだ・・・・。

でも、ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ。

父さん 名前 呼んでよ。

一度で いいから ぼくの 名前 呼んで・・・。

名前を 呼べないんなら ぼくなんか、ぼくなんか、

生まれなければ 良かったんだよぉ!」


父親にしがみつき、その体を揺さぶりながら、太郎は声をあげて泣きました。

じっと目を閉じていた父親は力いっぱい息子を抱きしめ、

やがて静かに身体を引き離しました。

そして、無言の中にも力強い息づかいを感じさせる手話で、

太郎に語り始めました。


「私は、耳が 聞こえない ことを 恥ずかしいと 思って いない。

神が 与えた 運命だ。 名前が 呼ばれないから 寂しい?

母さんも 以前 そうだった。

君が 生まれた とき 私たちは 本当に 幸せだと 思った。

五体満足で 声を 出して 泣くことを 知った時

本当に 嬉しかった。

君は 体を 震わせて 泣いていた。

何度も 何度も よく泣いた。

しかし、その鳴き声は 私たちには 聞こえなかった。

母さんは 一度で いいから 君の 鳴き声が 聞きたいと

君の 唇に 聞こえない 耳を 押し当てた。

(わが子の 声が 聴きたい!この子の 声を 聴かせて!)

と、何度 願った ことか。

しかし、母さんは、悲しそうな 顔をして 首を 左右に 振る だけだった。

私には 聞こえないが おそらく 母さんは 声を 挙げて 泣いていたと 思う」


太郎は初めて父親の涙を見ました。

父の心の底からほとばしり出るような手話をまばたきもせずに見つめました。


「でも、今は 違う。私も 母さんも 耳の聞こえない 人間として

最高の 生き方を していこうと 約束している。

君も そうして 欲しい! 

耳の 聞こえない 両親から 生まれた 子ども として・・・そうしてくれ。

これは、私と 母さん 二人の 願いです」


この時の父親の言葉を作文に書きました。

実は五井先生の子どもは太郎の小学校時代の同期生でした。

たまたま子供が持ち帰った文集を呼んでいて、

たまたま太郎の作文を目にし、深い感慨を覚えたと言います。

それから3年の月日が流れ、五井先生は新しく自分が担当するクラスに、

山田太郎の名前を見つけました。

(あのときの作文の子だ!」


「お前の担任になると知った時から・・・私は・・・お前の名前を呼ぶときは・・・」


「こんなとき、お前のお父さんだったら・・・どう呼ぶかな・・・

そう考えながら、『太郎、たろう、タロー』と呼び続けてきたんだ。

理由も話さず・・・悪かったな・・・太郎」


頭を激しく振りながら、太郎の口から嗚咽が漏れました。

奥歯を力いっぱい食いしばりながら、とめどなく涙が頬を伝ってきます。

「先生、病気なんか早く治しちまえよ。絶対に治すんだぞ。

そして、俺のことずっと太郎と呼んでくれよ。

俺のこと、太郎って呼べるのは先生だけなんだ!」




それから4日間、意識不明の状態が続き、

五井先生は亡くなられました。

しかし、五井先生の限りない優しさは、

今も太郎の心の中に生きています。

(『本気で生きよう!何かが変わる』丸山浩路著)

メルマガ輝く未来ビトより


とても素敵な話です

先生か思う気持ちが伝わった時すべてが感動に変わりました

究極のタイミングですね


スポンサードリンク
同じカテゴリー(感動話)の記事
3匹の像
3匹の像(2015-05-09 07:09)


Posted by 毎日コツコツ(霜鳥) at 09:26│Comments(0)感動話
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

スポンサードリンク