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2013年07月09日

10秒のキス


《10秒のキス》


例年より、桜の開花が遅れていた。

総合病院のエントランス脇にある数本の桜も五分咲きで、

春の訪れを待ちわびている。


6時にロビーで待合せていたが、

高校1年になる長男から携帯に、

「少し遅れる」

とメールが入った。


高校3年の長女と中学2年の次男と一緒に、

一足先に妻の待つ病室に入ることにした。


乳がんが全身に転移し、余命いくばくもないと、みんなが知っている。

モルヒネの効果だろうか、いつになく穏やかな顔だった。


先生が回診に来て、

「どうですか、痛みはないですか」

短い言葉に、妻は小さくうなずいた。


親の反対を押し切って結ばれた私たちは、社内恋愛だった。

3人の子どもにも恵まれ、それなりに幸せな毎日を送っていた。

今はもく、ベッドに横たわる妻を見つめることしか、なすすべがない。


やがて先生は病室を去り、2人の看護師さんがテキパキと点滴を換えている。



長男が慌てて、病室に駆け込んできた。


「ごめん、部活がおしちゃって」

よほど慌ててきたのだろう、

学ランの下からワイシャツがのぞいていた。


家族が全員そろったのは久しぶりだ。

子どもたちの近況を聞いていた妻が、

少しの微笑みと共に、私のほうに目をやると、唐突に、


「あなた、キスして」


と言った。



二人の看護師さんと三人の子どもたちには聞こえたのだろうか。

一瞬、ハッとしたが、ためらいもなく唇を重ねた。



生涯の中で、こんなに長いキスは初めてのような気がした。



薄目を開けて見れば、ひとすじの涙が頬を伝わっている。

そっと唇を離すと、嬉しそうに、

だが、「短いのね」 とスネてみせた。



看護師さんも子どもたちも見て見ぬふりをしていたような気がしたが、私は、

「二人っきりのときにリクエストしてくれよ」

と頭を掻いた。


精一杯の照れ隠しだったが、

病室は静けさに覆われている。


やがて深い眠りが訪れたのを確かめて、病室を後にした。

涙で、病院の長い廊下がユラユラと揺れていた。





それからちょうど2週間後、

妻は静かに息を引き取った。



満開の桜の下で遺影を抱いた長女が、


「あのときの母さん、

とっても幸せそうだったね」

とポツリ。



子どもの前で交わしたキスからもく3年が経った。


3人の子どもたちの心に深く刻み込まれたのだろう、

短大を出た長女は、大学生と高校生になった弟たちの面倒を良く見てくれる。

2人の息子たちも明るく、真っ直ぐに育っている。




君の最期のメッセージは、

決していい夫ではなかった私の心にも、

永遠に灯っている。


そして二度と交わすことができない、君との

「10秒のキス」

を一生忘れないだろう。


(全国亭主関白協会のシンボル・ストーリー 「10秒のキス」より)


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Posted by 毎日コツコツ(霜鳥) at 21:33│Comments(0)感動話
 
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