2012年10月08日
その日、届いたサプライズ
NTT西日本コミュニケーション大賞より
藤崎マリア(ペンネーム)作
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《その日、届いたサプライズ》
「あゆみ、こっち向いて!」
小さい頃から、振り向くといつも父はカメラを構え、
ファインダーごしの私を見てくれていた。
数々の賞を獲得し、趣味の写真が転じて写真店を始めた父。
父の写真はいつも「人」そのものにスポットを当てた、素晴らしいものだった。
母から聞いた話では、長女の私が生まれたことが相当嬉しかったらしく、
私のアルバムは、
「あゆみ、生後1日目。ザンネン! ついてない!」
のモノクロ写真から始まって、毎日父のコメントとともに、数十冊にもなっていた。
いい加減なところはいっぱいあったけれど、
いつも明るく楽天的な父は誰からも好かれていた。
家族も大切にしてくれ、とりわけ私は子どものころから”パパっ子“で、
大きくなってからも腕を組んで歩くほど父が大好きだった。
「パパ、私が大きくなったら私の花嫁姿の写真は、絶対パパが撮ってね!」
「もちろん、オレの自慢の娘の花嫁写真は、オレが必ず撮ってやるからな。」
子どもの頃から、この、同じ会話を数え切れないくらいしてきた。
私を「自慢の娘」と言ってくれるパパが、本当に大好きだった。
時が経ち、そんなパパに「この人と結婚します」と紹介する時が来た。
父は、泣きそうな顔をして声を震わせながら、
「幸せにしてもらえ。」
とひと言だけ言ってくれた。
すでに挙式が決まり、案内状を出し終わった頃、母から電話があった。
「もしもし、あゆみ? お父さんが……
お父さんが脳梗塞で倒れて意識不明なの……」
「えっ……?」
口から心臓が飛び出しそうになりながら病院に駆けつけた時、
ICUの中の父は人工呼吸器でかろうじて命をつなぎとめていた。
呼びかけても、呼びかけても、ピクリともしない。
「どうして? なんでなの? 私の花嫁姿、撮ってくれるっていったじゃない!
目を覚ましてよ!
パパ、パパ、お願い、ねぇ、パパ、お願い……」
大好きな父と歩くはずだったヴァージンロード……。
最高の写真を撮ってもらえるはずだった私のウェディングドレス姿……。
意識は戻ったけれど、もう、歩くことも、カメラを持つことができない父は、
結局結婚式に出席することはできなかった……。
披露宴当日。
どうしても、父にお礼が言いたかった。
わがままばっかり、心配ばっかりかけてきたことを謝りたかった。
そして、なにより花嫁姿を見て欲しかった。
祝福の喜びの中で、その場に父がいない淋しさで私は一生懸命涙をこらえていた。
終宴の間近の花束贈呈の時、会場が突然真っ暗になった。
次の瞬間、前方のスクリーンに、病床の父が写し出された。
カメラを手に包帯でくくりつけ、
「あゆみ、結婚おめでとう。」
という父の絞り出すような声に会場がどよめいた。
「パッ、パパ……?」
父の傍らに置いてあるノートパソコンに、
花束を持って立つ、私のウエディングドレス姿が映っている。
それは、父との約束をなんとか実現させてやろうと、
夫になる彼が私に贈ってくれた、最高のサプライズだった。
カメラを持って、Webカメラを覗き込む父が、
「ふたり並んで、一番いい顔をして。」
と震える指でシャッターを押してくれた。
「カシャッ」
絶対、無理だと思っていた父との約束……。
会場とスクリーンの中のパソコンから流れる私の声。
「お父さん、今までわがままで心配ばかりかけて、ごめんなさい。
そして育ててくれて、本当にありがとう。
これから、この人と幸せに生きていきます。
本当に、ありがとうございました。」
それから半年後、父は天国に行ってしまった。
その時私と父を繋いでくれたWebカメラは今では、母と息子たけしとのコミュニケーションツールになっている。
「ばあちゃん、いつもばあちゃんの後ろに飾ってある写真って、ボクのパパとママ?」
人生を写真一筋で生きてきた父の最後の一枚……。
それは、パソコンのモニターの中で微笑む私と主人の結婚写真だった。
不可能に思えた夢を〝素敵なサプライズ〟というカタチで実現してくれたインターネット。
息子が大きくなったとき、それは、どんなサプライズを届けるのだろう……。
ゆうの100人の1歩より
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Posted by 毎日コツコツ(霜鳥) at 15:32│Comments(0)
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