2012年08月14日
オリンピックは生き方の創造
オリンピックが終わりした
閉会式も素晴らしかったですね
日本も過去最高のメダル数と大活躍でした
そんなタイミングに近代オリンピックの出来た意味を知りました
とても素晴らしい想いから生まれたんですね
スポーツで勝つ事だけがと目的では無いんですよね
ーーーーーー
近代オリンピックを創設したのは、フランス人のビエール・ド・クーベルタンさん。
「オリンピックは、参加することに意義がある」
とはよく聞く言葉ですが、そこには深い意味が込められていたのです!
1863年に生まれたクーベルタン。
青春時代を過ごしていた当時のフランスでは、
戦争の敗戦を引きずり、沈滞ムードたっぷりだったそうです。
クーベルタンは貴族の生まれですが、
当時の貴族は優雅に暮らせるわけではなく、
軍人になるか政治の道に進むかが普通。
しかし、彼は軍隊の力や権力がどんどん強くなっていく風潮に、
違和感を感じていました。
そして、この状況を打破するのは
『教育』
しかないと、考えるに至りました。
とはいえ、その『教育』は何をすればよいのか分かりませんでした。
そこで、パブリックスクール視察のために渡英します。
パブリックスクールとは、私立の学校で、
裕福な家庭の男の子たちが寮生活を送りながら、
紳士になるための教養や人格を身に付ける伝統的な学校のこと。
そこでクーベルタンが目にしたのは、
学生たちが積極的に、そして紳士的にスポーツに取り組む姿でした。
彼はそれを見て大変、感銘を受けたといいます。
当時のフランスの学校には自由がなく、
知識を詰め込んで子どもたちの精神を型にはめる、
兵舎のような場所だったそうですが、
視察した学校では、自由な気風の中、
生徒たちがスポーツを楽しみながら、
身体を鍛えるとともに、
道徳や社会のルールも学んでいたからです。
そして、クーベルタンは確信するのです。
「服従を旨として知識を詰め込むことに偏っていたフランスの教育では、
このような青少年は育たない。
即刻、スポーツを取り入れた教育改革を推進する必要がある」 と。
「教育にはスポーツが必要だ!」 と。
こうしてのちに、クーベルタンさんが中心となって、
「教育」のために、オリンピックへと発展させていきました。
オリンピックの原点は・・・・ 「教育」だったのです。
オリンピズムの根本原則の1つ目には、こう記されています。
「オリンピズムは人生哲学であり、
肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、
均衡のとれた総体としての人間を目指すものである。
スポーツを文化や教育と融合させるオリンピズムが求めるものは、
努力のうちに見出される喜び、
よい手本となる教育的価値、
普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などに基づいた
生き方の創造である」
クーベルタンさんは、
「スポーツには人間の体・心・頭のすべてを高める力がある」
と考えていたようです。
だから、スポーツは単なる遊びではなく、
文化や教育と同じように、
優れた人間を育てることに役立つのだ と。
「一生懸命がんばることの喜びを知れ」
「お手本にしたいと思うような優れた人に出会い」
「みんなが大事にしている決まりを守ること」
を基本とする生き方が理想だ と。
そして、クーベルタンさんと同じ考えを持っていた日本人がいました。
「柔道の父」として知られる、嘉納治五郎さん。
柔道の経験のある方なら、誰もが知る人物です。
嘉納さんは、日本に昔から存在していた柔術の各流派をまとめ、
青少年の教育のために、「講道館柔道」を創始しました。
柔道のみならず、東京高等師範学校(現:筑波大学)の校長も務めていて、
水泳や長距離走、テニスやサッカーなどの各種のスポーツを学生に行わせるほど、
体育に熱心な教育者であったそうです。
その嘉納さん、なぜ、熱心に体育に力を注ぎこんでいたのでしょうか。
それは、クーベルタンと同じように、
「体育は身体を強くするだけではなく、
自他ともに道徳的に高めることができ、
さらに生涯続けることで、心身ともに若々しく活動しながら、
幸福に生きることができる。
この考えは、年齢、性別はもちろん、国境も関係ない」
と考えていたからです。
やがて、同じような考えを持ったクーベルタンと嘉納が出逢い、
嘉納さんは、1909年、日本人として初めて、
国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任したそうです。
(日本オリンピック委員会HPを参照)
閉会式も素晴らしかったですね
日本も過去最高のメダル数と大活躍でした
そんなタイミングに近代オリンピックの出来た意味を知りました
とても素晴らしい想いから生まれたんですね
スポーツで勝つ事だけがと目的では無いんですよね
ーーーーーー
近代オリンピックを創設したのは、フランス人のビエール・ド・クーベルタンさん。
「オリンピックは、参加することに意義がある」
とはよく聞く言葉ですが、そこには深い意味が込められていたのです!
1863年に生まれたクーベルタン。
青春時代を過ごしていた当時のフランスでは、
戦争の敗戦を引きずり、沈滞ムードたっぷりだったそうです。
クーベルタンは貴族の生まれですが、
当時の貴族は優雅に暮らせるわけではなく、
軍人になるか政治の道に進むかが普通。
しかし、彼は軍隊の力や権力がどんどん強くなっていく風潮に、
違和感を感じていました。
そして、この状況を打破するのは
『教育』
しかないと、考えるに至りました。
とはいえ、その『教育』は何をすればよいのか分かりませんでした。
そこで、パブリックスクール視察のために渡英します。
パブリックスクールとは、私立の学校で、
裕福な家庭の男の子たちが寮生活を送りながら、
紳士になるための教養や人格を身に付ける伝統的な学校のこと。
そこでクーベルタンが目にしたのは、
学生たちが積極的に、そして紳士的にスポーツに取り組む姿でした。
彼はそれを見て大変、感銘を受けたといいます。
当時のフランスの学校には自由がなく、
知識を詰め込んで子どもたちの精神を型にはめる、
兵舎のような場所だったそうですが、
視察した学校では、自由な気風の中、
生徒たちがスポーツを楽しみながら、
身体を鍛えるとともに、
道徳や社会のルールも学んでいたからです。
そして、クーベルタンは確信するのです。
「服従を旨として知識を詰め込むことに偏っていたフランスの教育では、
このような青少年は育たない。
即刻、スポーツを取り入れた教育改革を推進する必要がある」 と。
「教育にはスポーツが必要だ!」 と。
こうしてのちに、クーベルタンさんが中心となって、
「教育」のために、オリンピックへと発展させていきました。
オリンピックの原点は・・・・ 「教育」だったのです。
オリンピズムの根本原則の1つ目には、こう記されています。
「オリンピズムは人生哲学であり、
肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、
均衡のとれた総体としての人間を目指すものである。
スポーツを文化や教育と融合させるオリンピズムが求めるものは、
努力のうちに見出される喜び、
よい手本となる教育的価値、
普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などに基づいた
生き方の創造である」
クーベルタンさんは、
「スポーツには人間の体・心・頭のすべてを高める力がある」
と考えていたようです。
だから、スポーツは単なる遊びではなく、
文化や教育と同じように、
優れた人間を育てることに役立つのだ と。
「一生懸命がんばることの喜びを知れ」
「お手本にしたいと思うような優れた人に出会い」
「みんなが大事にしている決まりを守ること」
を基本とする生き方が理想だ と。
そして、クーベルタンさんと同じ考えを持っていた日本人がいました。
「柔道の父」として知られる、嘉納治五郎さん。
柔道の経験のある方なら、誰もが知る人物です。
嘉納さんは、日本に昔から存在していた柔術の各流派をまとめ、
青少年の教育のために、「講道館柔道」を創始しました。
柔道のみならず、東京高等師範学校(現:筑波大学)の校長も務めていて、
水泳や長距離走、テニスやサッカーなどの各種のスポーツを学生に行わせるほど、
体育に熱心な教育者であったそうです。
その嘉納さん、なぜ、熱心に体育に力を注ぎこんでいたのでしょうか。
それは、クーベルタンと同じように、
「体育は身体を強くするだけではなく、
自他ともに道徳的に高めることができ、
さらに生涯続けることで、心身ともに若々しく活動しながら、
幸福に生きることができる。
この考えは、年齢、性別はもちろん、国境も関係ない」
と考えていたからです。
やがて、同じような考えを持ったクーベルタンと嘉納が出逢い、
嘉納さんは、1909年、日本人として初めて、
国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任したそうです。
(日本オリンピック委員会HPを参照)
Posted by 毎日コツコツ(霜鳥) at 07:51│Comments(0)
│勉強になります