愛知県一宮市の森陽子さん(61)が小学1年のとき、母親が再婚した。
「お父さんは長いことアメリカに行っていて、今度帰って来たんだよ。だから一緒に住めるようになったの」
と言い、新しい家に連れて行かれた。
森さんは、新しい父親に懐けず母親を困らせた。
幼いながら、実の父親ではないことを感じ取っていたからかもしれない。
しかし、それ以上の理由があった。
義父は外国航路商船の船員で、1年に40日しか家にいないのだ。
懐けないのも仕方がなかった。
高校1年のとき、森さんは戸籍謄本を見て実の父親でないことを知った。
すると、急に感謝の気持ちが湧いてきたという。
「自分の子でもないのに育ててくれてありがとう」
何度も何度も言おうと思ったが、言いそびれて時が過ぎた。
高校3年の夏のことだった。
休暇を終えて再び10ヶ月の航海に出掛けるという朝、「今度こそ言おう」と心に決めていた。
ところが、その日に限って寝坊してしまった。
起きると両親の姿はなかった。慌てて顔も洗わずに外へ飛び出す。
母親が父親のトランクを自転車の荷台に積んで、手で押さえながら押して行くのが10メートルほど先に見えた。
でも、走り寄って「ありがとう」と言うことができない。
それに気付いた両親が手招きするが、涙があふれて追いつくことができなかった。
そのまま父親は駅からタクシーに乗って旅立た。
10ヶ月後に帰国した時、あらためて口にしようとしたら、「言わんでいい」と言葉をさえぎられた。
その後も、何度も機会はあったのに言えなかった。
森さんは20歳で結婚した。
婚礼の前の晩、手をついてあいさつしようとすると、「何も言わんでいいぞ、早く寝ろ」と逃げるようにして拒まれた。
照れがあったのだろう。
その父親が亡くなって32年になる。
森さんは言う。
「心では分かり合っていたと思いますが、とうとう言葉に出して言えなかったことを後悔しています。
私が天国に行ったら、一番に『育ててくれてありがとう』と言って抱き締めたいです」
(『ほろほろ通信』/中日新聞 2012.04.22 より)